伝説のツーリング  十津川・熊野ツーリング(2014年9月16日)

参加者:お兄さん(CBR1000RR)、Kさん(FZ-1フェーザーGT)、自分(CBR600F4i) 


勝手に折り返し地点にしないで! 本宮大社〜丸山の千枚田

ほどなくてして本宮大社に到着。
念願の聖地に降り立った喜びは、お兄さんの表情を見ていると言わずとも知ることができた。


今回は明治の水害により本殿が今の場所にが移る前に建っていた、本宮大社跡地の大斎原(おおゆのはら)のみを見て回る。


大鳥居、本殿跡地などを見た帰り、斜め前に見える山を指さしこう告げる。
「あの山の山腹に見えるのが本宮大社です」
「あそこまで登る気します?」
先ほどまでとは一変し、お兄さんの表情があまりにも緩くなっていたので、頭の中に花が咲いてしまう前に牽制を入れておいたのだ。

再びガレージへ戻ってきた一行。
お兄さんは本宮大社のほうも見ておきたいと国道沿いへ歩いていく。
この行為は自体は阻止する必要もない。見ておきたいのは見ておけばいいのだ。

しかし、ここでは警戒レベルを上げておく必要がある。
なにせ彼のリュックには水筒が入っているのだから・・・。


本宮大社入口で写真を撮るお兄さん。

横で「あの階段をさっき見た高さまで登らないといけないかと思うと、登る気になれませんよね」とぼやく自分。
牽制球でデッドボールをしそうなくらいくどい。

ただ、お兄さんは階段や傾斜を登ることができない人間だ。
無論、自分も同じ体型じゃなった・・・同じタイプの人間だ。

なのに何故ここまで警戒しているかというと、体力がないことに自覚があり地獄を見る前に避けるピュアヘタレな自分に対し、興味がなければ体力がなくなり、興味があれば体力がないのに無理をしてへたばる新型ヘタレなのがお兄さんなのである。
朝の「疲れきって一泊ツーリングになるかもしれないね〜ふふふ」この言葉は本人の意図は置いといても自分にとって半ばジョークという訳でもないのである・・・

さらに言うなら彼はツーリングをしにきているのではなく、いつも旅行に来ている感覚なので観光が第一の優先順位。
疲れても走らなければ家までは帰れないという、弾丸ツアラー達の抱えるジレンマは、彼には存在しない。
いや正確にはスパンが空きすぎて毎度忘れてしまっているのだろう。

もしここで脳内お花畑を発揮し、本宮大社へ登っていってしまうと、その後どうなるか・・・
ここから先のことをすべてを”疲れた”で捻じ曲げていこうとするのだ。

そう毎度のパターンかのごとく・・・こうなるのである・・・。
・帰り道は車のペースにすら付いていけなくなるほどにゆっくりになる。
・途中立ち寄りたいところがあっても帰るを連呼する、もしくはそこへ行っても何も見ないでへたばっている。
・疲れきった=そのツーリング自体の楽しさも否定する。

お兄さんがいつものような自分の体力やライディング技術を顧みず、無謀な計画を立て、それに付き合っているのならまだいい。
いつものように「言いだしっぺは自分だ」といった態度で突き放せばいいのだから。
しかし今回、企画はお兄さんだったにしろ、計画を立てのは自分。
自分のツーリングが否定されてはたまったものじゃない。

しかも現時点で時刻は午後の3時。
本日の行程としてまだ半分にも満たないところにいて、さらには道としてはR169の瀞峡手前の極狭区間というメインディッシュもまだ残っている。
それらを考えると本宮大社参拝は力づくでも阻止する必要があるのだ。

「結局・・・ 」
「遅かれ早かれこんな悲しみだけが広がって・・・」
「ツーリングを押しつぶすのだ・・・ 」
「ならばお兄さんは自分の手で自分を裁いてライダーに対し、ツーリングに対して贖罪しなければならん。 」
「お兄さん、なんでこれがわからん・・・。 」

「こ、これは・・・ 」
「メタボリックシンドロームの共振!? 」
「中年のメタボが集中しすぎてオーバーロードしているのか・・・ 」

「なに?恐怖は感じない!? 」
「むしろ生暖かくてて、脇汗を感じるとは・・・ 」



「お兄さん熊野大社を離れていきます。 」
「お兄さん進路変更確実、熊野大社から離れます。 」

(逆襲のシャアを知らない世代には申し訳ない)



チャン チャチャチャンチャンチャン チャチャチャン〜♪


中略




メビウ〜スの〜輪から ぬけだ〜せ〜な〜く〜て〜♪




中略






---- fin ----





「まだだ、まだ終わらんよ。 」


こうして泊まりの危機は乗り越え、本宮大社を後にする。
次の目的地は川湯をちらっと見たあとR169を北上して丸山の千枚田へ向かうと告げると「今日はここで帰るんじゃないの!?!?」とお兄さん。

ちょっと待て・・・。
丸山の千枚田という名称は忘れてしまっていたという解釈はできても、R169を走るという時点で、現状ここからまだ先はあるということは把握できるはず。

遠まわしの「疲れたから帰りたい」アピール・・・
これがこのセリフに込められた意味の正しい解釈なのではないだろうか・・・
ここはいつものように「何言ってるんですか〜」と笑顔でやり過ごす・・・。


川湯を見るためR311→r242へ。
時間があれば湯の峰温泉もチラっと寄ってみたい、あわよくば温泉卵くらい作って食べたいなどと計画していたのだが、到底そのような時間はなく、ここからは駆け足となる。


川湯に到着。
見ての通り、河原を掘れば温泉がでるので、いくつも穴が掘ってある等、軽く説明だけして駆け足で次へ向かう。

R168とR169の交差点を北上、R169へ。
川湯から戻ったR168〜R169の最初の区間は、普通に幹線道路な雰囲気でなだから熊野川、北山川を横に見ながら直線基調でのどかに走ることになるのだが、自分一人だけはテンションが上がっていた。

ここ数年R169の瀞峡前後の極狭区間はトンネルが増え、道の拡張工事はかなりすすんでしまってはいるが、完全1車線の場所もどうにかは残っている。
横に見ていた北山川も次第に断崖絶壁の真下の位置に見えるようになり、気が付けば道路はかなり高い場所を走っている。
ガードレールはあれど転倒すれば死を予感させるような場所、そんな日本の風景とは少しかけ離れた雰囲気を、それら全てを含め紀伊山地は険しい、そんなことを肌で感じて欲しいと思うし、そんなところにも躊躇なく走りに来ているライダー達を見て、これもまたバイクの魅力だと知って欲しいのだ。

残念ながら連休の影響もあり、車に先導されてしまうシーンは多かったのだが、クリアで走れるシーンではバイクの機動力が生かされる。
十津川のときと同じく一人と二人のツーリングだが、後ろ二人のペースが遅いことを、むしろ落ちてはいけないプレッシャーを堪能しているのかもしれないとポジティブに考えていた。
自分は誰が言ったか「日本のツール・ド・コルス」そんな状況を楽しんでいた。

R311へ曲がった直後、車が離合できず立ち往生していた。
途中から付き合ってられないと、お兄さんが車の間を抜けていってしまい、それに自分達も続く形となったのだが、こちら側は乗用車4台、対向からは小さめのトラックと乗用車2台。
道幅的には乗用車4台側が揃って下がっていけば簡単な話しだったのだが、乗用車側は年配ドライバーばかりだったので相手に合わせないし、我を通そうとするし、そもそも車幅感覚が狂ってるしと、にっちもさっちも・・・
最終的にどうなっていたのか、少し気になっていた。

しかし思うのだが、10年以上前ではここまでサンデードライバー丸出し大型セダンなど、この辺ではそうそう見なかった気がするのだが・・・
ここ数年はそういった類が目立つ気がする。
彼らはいったいどこから湧いてきているのだろうか・・・。


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